Amika File 2

「この曲・・・今は出すのやめます」

1999年10月8日深夜二時。

みんなが帰った後、テーブルの上のカップや灰皿を片付けていた鈴木は、その声に振り返った。Macの前でボンヤリと画面を見ながら所在なく座るAmikaがいた。コンピューターのモニターの中に反射したAmikaの顔が鈴木を視ている。その眼がちょっと泣く真似をしてみせた。そして鈴木から視線を外すとまたマウスを握り、画面をスクロールし始めた。オフィシャルHP「アミカン箱」の掲示板だった。

そこには新曲の発売を心待ちにしたメッセージがいくつも書き込まれていた。

 30分程前までテーブルでは、Amikaプロジェクトの主要メンバーが集まり、出来上がったばかりの「新曲」を聴き、その「処遇」についてミーティングをしていた。つまりシングル曲として相応しいかどうか、という事についてである。

「今、無理して発売する必要があるのかな」

「メーカーの立場で云うならばシングル曲としてはちょっと重すぎる様な気がします」

大勢は消極的な方向に向かっていた。

Amikaは・・・終始黙っていた。

「この曲をどうしてもこの時期に発表したいと云うのならば、我々としてもその方向で考えて行かなきゃならないけれどもね・・・」一人がAmikaに水を向けた。

「・・・・・・」

Amikaは俯いたまま何も答えなかった。

「12月8日ニューシングル発売」ラジオや情報誌では既に発表されている。Amika の現状で延期はぜったいに許されない。鈴木はそう思いこんでいたし、Amika にもそう伝えていた。8月に「オレンジの匂い」をリリースしてからの2ヶ月間、AmikaはレギュラーのオールナイトニッポンR以外全ての活動をストップし、新曲の作曲活動に専念していた。この間にAmika が書いては潰した曲数はアルバム1枚分を越えている。

・・・もういいじゃねぇか・・・この曲の一体何が気に入らないんだ・・・どういう曲ならばアンタらは納得出来るんだ! 鈴木は・・・もはやキレていた。この曲が出来上がるまでの作業は凄惨を極めた・・・程ではなかったが、かなりキツかった。Amikaも同様だったと思う。精神的にも肉体的にもギリギリの状態の中で、漸く出来上がった積もりの新曲が他のスタッフ達の支持を得られない。出口無しのラビリンス・・・おもわずテーブルをひっくり返したかったが・・・そのテーブルは根を張ったように重いのを鈴木は知っていた。 

ハッキリとした結論は出ないままその夜のミーティングは終了した。

スタッフ達がが帰った後、鈴木は身裡に怒りを溜めかなり自暴自棄になっていた。逆にAmikaは至極冷静であった。ミーティングの間中ずっとAmika が黙っていたのはスタッフ達に対する「無言の抵抗」かと鈴木は思っていたが、違ったようである。

「さっき、みんなが喋っているのを聞きながら思いました。たぶん期待に応えなきゃいけない、と言う気持ちばかりがどんどん濃くなり過ぎてしまったのかもしれません」

「・・・・・・」また捨てるの・・・?

「この曲は好きです。でも全てがパンパンにはちきれそうになってる気がします。詩も曲も・・・それから歌い方も・・・」

「俺はそれでもいいと思ったんだけれどもね」鈴木はウンザリしながら言った。

「ちょっと・・・もう少し時間が欲しいです。この曲で本当に私が言いたいことが、誰にも伝わらなくて、自分の中だけで消化して満足してるのならば、出す必要なんてないですから」

「でもね、もう発売告知しちゃってるんだよ。今Amikaが見ている掲示板にだって続々と12月8日発売への御祝いメッセージが届いているじゃない。延期になったら待ってる人達はガッカリすると思うよ」

「わかってます・・・」Amikaは掲示板を見つめながら言った。

「でも、迷いが残っている作品を出すのは嫌です。ぜったいに嫌です」

今回の作業中、Amika が何か釈然としない気持ちでいたのを実は鈴木は感じていた。しかし、納品時間に対する焦りから鈴木は「大丈夫、大丈夫。Amika気にしすぎ。最高最高!」とかいいながら、かなり強引に押し進めて来たのである。

「発売延期・・・か」Amikaが決めてしまった以上、その決意を覆したり説得する事がどんなに労力を使うことか、鈴木は痛いほど知っていた。本当に痛いのだ。

「しばらく休みます・・・」鈴木に言うでもなくAmikaは呟いた。

「私も休みます・・・」Amikaに言うでもなく鈴木も呟いた。

そして、その夜からひと月後、ようやく人間らしさを取り戻した鈴木にAmika から久しぶりのメールが届いた。

ひとつの詩だった。 ・・・タイトルは

「自転車に乗って」

あなたはあたしを後ろに乗せて
あたしはいつも背中につかまって
そよ風だけを受けながら
あなたに向かって 話して笑う

時々足をぶらぶらさせて
次の角を右、なんて言いながら
でもあなたは「男なんだから
しょうがないか」と漕いでいる
こんな風に

自転車に乗って どこまでも
坂を越えてあたしを乗せて
自転車に乗って どこまでも
丘を越えて二人を乗せてどこまでも

年上のひとが「後ろに乗って」と
水を飲んで休むあなたに言った
楽になったから 嬉しそうに
今までの話をし始める

時々足をぶらぶらさせて
次の角左、なんて言ながら
そんなあなたを初めて見たわ
あたしはただ守られてただけ
何時の間にか

自転車に乗って どこまでも
遠く消えてあたしを置いて
自転車に乗って どこまでも
小さくなるあなたを乗せて見えなくなった

川沿いの道を歩くあなたに
声をかけた 「ねえ、後ろに乗って
今度はあたしが 漕いで行くわ」
あなただけが疲れないように

この足がくたくたになったら
また代わってもらうだろうけれど
時には後ろの景色も
見せてあげるから もうひとりにしないで

自転車に乗って どこまでも
川も越えて二人を乗せてどこまでも
自転車に乗って どこまでも
坂を越えて二人を乗せてどこまでも 

Amika

鈴木はしばらく画面を見つめ続けた。

冬の日、ガチガチに凝り固まった身体を暖かい風呂に沈めたときの一斉に毛穴が開く様な安堵感をこの詩から感じた。無機的なメールの、単なるosakaフォントの文字なのに何故か、Amikaの現在の心境を語りかけてくるような気がした。

 翌日すぐにAmikaは作曲に取り掛かった。一切の停滞なく作業は進んだ。まるで鼻歌でも歌うかのようにAmikaは僅か5時間ほどでメロディを作り上げてしまった。この詩に対しては、唯一このメロディしかあり得ない。そのくらい両者のマッチングはナチュラルだった。早速全スタッフに召集を掛け、曲を聴いてもらった。

躊躇なく満場一致で次のシングル曲として決定してしまった。あまりのあっけなさに鈴木は笑ってしまった。一月前のあの無力感と焦燥感は一体何だったのだろうか。振り上げた拳の持っていき場所をいきなり失ってしまい、仕方なく頭でも掻くか・・・そんな気持ちであった。

 この「自転車に乗って」が出てくるまで、思い出したくもない程の濃い時間を擁してしまった。Amikaはそのプロセスの真っ直中にあるリアルタイムの感情をとにかく吐き出しては消化し、あがくだけあがいた。発売日も延期してしまった。しかしながらこの曲が生まれて来るためにはそれら全ての時間と、破壊も含めた全ての行為がAmikaにとって必要だったのだと鈴木は思っている。そう思うことで、ひたすら空回りしていた自分を慰めてみたりなんかしてみた。そうでなければやってられんでしょう。独りごちたりする鈴木であった・・・。 

 さて、ライターの木内昇氏は、雑誌「SPOTTING」誌上でAmika が作品を産み出すプロセスについて次の様に述べて呉れている。木内氏が初めて「自転車に乗って」を聴いたときの印象も併せて氏の諒解を得た上で、ここに抜粋させて頂いた。

(雑誌「SPOTTING」より)

「彼女の根底には常に、と言ってもいいと思うが、惑いや悩みがある。それは本当に些細なものから、ひどく漠然としたものまで様々だ。Amikaはそれを声を大にして言うことはないし、陳腐な愚痴にすり替えてその場で発散して終わり、ということもできない人だ。その代わり、そういった悶々とした不安定な感情に知らず知らずのうち全身を支配されてしまうことがままあるのだろう。彼女がそうやって思っているようなことは、容易に答えが出るものでは、もちろんない。ただ、逆にそれをそうやってひとつひとつ正面から受け止めてることで、Amikaはあそこまで細やかな感情が詰まった曲を生み成していたように思うのだ。」

「この曲には素直な感情が衒いなく出ている。方向性や形は違うが「世界」の、あの感じと気持ちの筋が似ているのではないだろうか。Amikaは「スナック菓子みたいな歌」と笑っていたが、私にはそんな風には聞こえなかった。確かに軽快さということでいえば今までのAmikaの曲を鑑みると群を抜いている。けれど、それだけに止まらず、この曲はとてつもない強さも孕んでいる。今まで彼女が突き詰めることで書いてきた詩とは違う強さだが、スッとリスナーの体内に入り込み、そこで初めて沸々と化学変化が起こるような秘められた意思や安易にはうち崩せない心情の塊が曲全体に渦巻いているのだ。悩んで悩んで出た結論ではない、フッとした瞬間に滑り出した感覚、いわばインプロビゼーションに、Amikaの場合これだけのものが含まれている、という証のようでもあった。」

 「自転車に乗って」を完成させた後、Amikaは一月前の夜からそのままフリーズしていたあの曲を再度トライするために取り出した。歌を録り直したいという。

誇張ではなく最初のワンテイクから印象が全く変わってしまった。ほとばしる様な激情を感じる歌だったはずなのに、何故かとても幸福で暖かいのである。

「あれっどこが変わったの?」鈴木は呆気にとられてAmikaに尋ねた。

「秘密です」

「なにっ?」

「ほとんど何も変えていません。敢えて言うならば・・・感情ですかね」しらっとAmikaはいいのけた。

「ああ、そう」アホみたいな話だが、鈴木は名曲だと思った。自分からこの曲でいこうと決めていたのに、実は本当の意味でこの曲が内包している作品力をその頃の鈴木は見抜けていなかったのである。

この曲がカップリングに収められている「愛情」である。心して聴いて欲しい。・・・お願いだから。

あいも変わらず、スンナリとはいかないAmikaプロジェクトである。しかしながら最近鈴木は分かったことがある。Amikaの本質は例えて言うならば、備前や信楽の陶芸家が追い求める粘土であったり自然の中にしか存在しない天然酵母の様なものなのかもしれない。大量に作ろうと何かを混ぜたりすれば、がらくたにしかならないし、速成しようと焦れば上手く膨らんで呉れない。実に扱いにくい代物なのである。しかしながら、それ自体が持っている素質はとても力強く、何百年を経ても尚高い評価を得るものになったり、噛みしめるごとに飲むほどに味わい深いパンやワインとなる。はたしてそんなAmikaが現在のめまぐるしく変化する音楽産業の中で受け入れられのか、正直に言っちゃうと全く未知数である。とはいうもののそんなことははなから百も承知のAmikaプロジェクトだ。

そんなわけで、是非心してお付き合い願いたい。
・・・お願いだから。      

株式会社ミュータント 鈴木健士

>公式noteマガジン『ウェブログアミカ』

公式noteマガジン『ウェブログアミカ』

情報やレシピ、日々のつれづれ、学びや気づきなど
文字のひとりラジオのようにお届けしています。

YouTubeラジオ『Amika.jp』のスピンオフや
音声配信『ウェブアミカ』も配信中。

CTR IMG